投資と読書と平凡サラリーマンの私。

読書とランニングと投資を行う平凡な社会人のブログ

【書籍】「高熱隧道」吉村昭

「高熱隧道」吉村昭

 

<所感>

隧道(すいどう)…トンネル。「ずいどう」とも言う。

 

現・関西電力黒部川第三発電所の水路トンネル完成に至る工事における苦難を書いた小説。

苦難の最大の原因は現場が山奥にあるではない。

トンネルの建設現場に高熱の断層があったことだ。トンネル工事に必須の発破で使用するダイナマイトがその高熱で自然発火が続いた。

そこに雪山特有の自然災害も含まれ、犠牲者が多発する難工事となった。

 

あくまでも小説(フィクション)ではあるが、果たしでどこまでがフィクションなのかと思わせる。

黒部川第三発電所の実際の工事は1940年に完工。そして本書は1967年発刊。

現代ならばコンプラ違反で即工事中止となる現場の決断も多いが、その決断に至る経緯や苦渋の判断があまりに生々しい。

 

黒部川の工事と言えば「くろよん」こと黒部川第四発電所建設と思っていたが、それ以外にもあった。

電気の重要性を再確認できる作品。

 

とにかくその現場を感じさせるなあ。

 

 

【書籍】「モスクワよ、さらば―ココム違反事件の背景」熊谷独

「モスクワよ、さらば―ココム違反事件の背景」熊谷独

 

<所感>

ココム違反事件・・・1980年代に東芝機械ココム違反事件。ココム(対共産圏輸出統制委員会)の規則に違反した工作機械をソビエトに輸出した事件。

この工作機械によりソビエトの潜水艦技術が向上した。

 

ココム違反事件は貿易会社からの内部告発により明るみなったが著者がその告発者である。

現在、ある製品や機器の輸出時にはリスト規制やキャッチオール規制といった安全保障貿易管理を遵守しないといけない。

(例えばリスト規制の対象の輸出には経済産業大臣の許可が必要)

 

輸出業には各種規制の準拠が必須。その通りだ。

しかし自分たちが正直に規制を準拠することで、他社にビジネスを取られしまったら?

まして、自組織がソビエト向けのビジネス強化を掲げていたら?

その中にいるひとりの会社員の立場でどこまで清廉潔白に対応できるだろうか。

 

何よりも本事件の根幹にあるものは安全保障に対する日本の認識の低さと感じる。

 

<目次>

第1章 事件の発端

第2章 水の都レニングラード

第3章 和光交易との訣別

第4章 KGBの役割

第5章 対ソ貿易の実態

第6章 ザ・デイ・アフター

【書籍】「ビジネス戦略から読む美術史」西岡 文彦

「ビジネス戦略から読む美術史」西岡 文彦

 

<所感>

よく考えると当り前だが商品として市場価値があがるためは流動性が必須。

絵画という美術品が商品になるためのポイントは「キャンパス」という画材の誕生だったという指摘は納得。

キャンパスに書かれて持ち運びができることで流動性がでたという。

またキャンパスは画家が自宅やアトリエで作成という在宅ワークも生み出した。(それまでは教会の天井等、絵画の作成には現地に赴くことが必須だった)

こう考えるとキャンパスは美術史に革命をもたらしたといえる。

 

昨今、美術品の流動化のキーワードとしてNFT(非代替性トークン)がある。

NFTであれば絵画だけではなく、すべての美術品に流動性が生まれるはず。

ただし美術品はその価値を構成するものとして手元に置きたいという所有欲もあるはず。

NFTはキャンパスを超える革命となるのだろうか。

 

 

<目次>

第1章 パン屋の広告だった!?フェルメール

第2章 ルネサンスを生んだメディチ闇金融

第3章 リモートワークに乗り遅れたダ・ヴィンチ

第4章 レンブラントの割り勘肖像画

第5章 「科学」を武器に職人ギルドを征した王立アカデミー

第6章 「元祖インスタ映え」ナポレオンのイメージ戦略

第7章 「ガラクタ」印象派の価値を爆上げした金ピカ額縁と猫足家具

第8章 美術批評のインフルエンサーマーケティング

【書籍】「北朝鮮 1960 - 総連幹部・最初の告発」関貴星

北朝鮮 1960 - 総連幹部・最初の告発」関貴星

 

<所感>

1960年代に北朝鮮への帰国運動が進められていた。そんな時代が始まる1960年に総連幹部だった著者が見た実態を書く。

帰国事業の大前提は、北朝鮮共和国(←当時はこれ)という新しい国を造るために同胞の力が必要ということで、社会主義は天国のようなところ、幸せしかない。帰国は身一つでよい、必要なものは全て与えられる。総連や朝日新聞はそんな触れ込みをしていた。

しかし実態は話が違うレベルではない真逆だった。筆舌できないような生活レベル。

 

集団生活の場に行き、洗濯干し場に行っても何もない。理由は誰も替えの服を持っていないからだ。

 

著者は自分がしていたことが虚構に基づくものだったことに気がつき、この告発に行った。

何が真実か、その虚構は誰にとって都合がいいのか。

 

その答えは21世紀の今の日本にも存在する現在進行形の現実と言えるだろう。

 

 

【書籍】「アジアの隼」黒木亮

「アジアの隼」黒木亮
 
<所感>
ベトナムの火力発電所の入札をめぐる金融戦争。
日本長期債権銀行のベトナム事務所駐在の主人公が必死になって入札案件を取りにまい進する。ある仕事にそこまで打ち込めるというのは、苦労はさておき、羨ましさを覚える。
 本書の発刊は2002年。この時は火力発電所はアジアの電力供給の救世主だった。
しかし今は脱炭素の名のもとに火力発電所は忌避の存在となっている点が悲しい。
エネルギー政策において発電方法の分散は不可欠だし、日本の非常に高効率の発電技術は、その効率の高さゆえにこれこそが「脱炭素」と言えるはずだ。
「脱炭素=風力、太陽光。でも反原発」とはあまりに理想主義である。
停電リスクやどこまでも電気代値上りを受け入れることができる人には何も言わないけど。

【書籍】「トップ・レフト ウォール街の鷲を撃て」黒木亮

「トップ・レフト ウォール街の鷲を撃て」黒木亮

 

<所感>

国際協調融資の主幹事(→主幹事は左上に書かれるのでトップ・レフトと言われる)をめぐるビジネス小説。

米国投資銀行と本邦銀行のスタンスの違いがとても対比的。

言うまでもなく米国投資銀行は利益追求に直向き。表現を変えると強欲で貪欲。

本邦銀行はあまりに慎重。その実態は責任逃れ。

 

今となっては信じられないが国際協調融資で本邦銀行が主役となっていた時代があった。しかし舞台が全世界である以上、そのスタンスや思考は世界の競合と合わせないといけない。そのことをまざまざと感じさせる。弱い者は敗れるのみなのだ。

 

そして何よりも圧倒的に内容がリアル。

投資銀行ってどんなことをしているのかを垣間見ることできること間違いなし。

 

 

【書籍】「どうで死ぬ身の一踊り」西村賢太

「どうで死ぬ身の一踊り」西村賢太

 

<所感>

大正期の作家(藤澤清造)を病的に愛する主人公(著者)の生活、それは貧しさと酒とDVによって構成される。

女に手を出しながら、復縁を懇願し土下座をする。しかしまた手を上げる。

自堕落の極みと言える生活を書いた私小説だ。

本作の空間には昭和ロマンが漂うが、著者が1967年生まれなので平成が舞台である。

平成はそんな時代だったのかと時空の歪みを錯覚させるのはどうしてだろう。

 

あまりに自堕落な男の物語で胸糞悪くなり、読むのをやめるのも本作の読み方の一つともいえる。

そんな54歳と若くして亡くなった芥川賞受賞作家の作品である。

 

印象に残った一文↓

…ただ宗派のことは、寺の門前に来て生まれて初めて知った。浄土真宗であったらしい。日本人の血液で云うところのA型のようなものだ。